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ストリートキングダム
クドカン監督の話題作、1970年代後半、「東京ロッカーズ」というムーブメントを描いた実話ベースの映画、
『ストリートキングダム』観てきました!
僕も19歳の頃、愛知県より、映画の舞台となっている「新宿ロフト」に出演することを夢見ていたバンドマンだったので、懐かしい気持ちになるかなと映画館へ向かいました。
20歳の夏

僕は16歳からバンドを始め、バンドを行いつつも、高校を卒業してからは名古屋のデザイン専門学校に通い、
20歳の夏に、名古屋のデザイン事務所に就職が内定しました。
その20歳の夏休み、特に深い目的はなく、友達と、東京の有名なライブハウスを見に行く旅行を計画をしました。
その20歳の夏休み、地元豊橋のバンド有名バンド「破天荒」が、PARCOのバンドコンテストで全国準優勝し、デビューするとの噂が立ちました。
その20歳の夏休み、その「破天荒」から、連絡が来ました。
「一緒にプロを目指さないか⁉️」
僕はすでにバントを行っていたので、要は引抜きです。
僕の選択肢は2つ
① 今のバンドを続けつつ、就職する。
② 破天荒の加入し、就職と今のバンドを辞める
その場では決められず、取り急ぎ、東京への旅行に出かけました。
東京にて
新宿ロフト
まずは、新宿ロフトへ行きました。
目的はライブハウスを見ることなので、誰のライブでも良かったのですが、その日ライブは、まさか後に自分がドラムを叩くこととなる、
《ザ・ストラマーズ》でした。
凄く盛り上がってましたね。
下北沢屋根裏
次に行ったのが、下北沢の屋根裏。
ロフトとは打って変わって、思っていたより小さく、お客さん5人くらい、早稲田の学生バンド。
外したかな、まぁいいか、と思ってみていたら、度肝を抜かす演奏力とインパクトでした。
そのバンドは、後に、真心ブラザーズとなる、
《びっくりしたなぁもう》というバンドでした。
他は忘れましたが、とにかく、心に衝撃を受けました。
帰りに、まさかの交通事故を起こしてしまい、体、車、財布にも衝撃を受けることとなりました。
20歳の決意

愛知県に戻り、2つの衝撃が相まって、
これまでのバンドを脱退し、就職を断り、「破天荒」に加入。
プロを目指し、1年後に上京を前提とし、まずは名古屋にてライブ活動。
22歳の決意
紆余曲折、たった2年の間に色々な事が起こりまして、「破天荒」を脱退。
プロドラマー目指し、単身上京。
結果的に、4度のメジャーデビュー、
紅白、Mステ、武道館、世界各地でライブ
それなりに活動しつつ、
経て経て36年、最近は破天荒のギター宮脇哲也さんとよく会いつつ、現在58歳に至る。
懐かしいわけではなかった、2つの理由

長い自己紹介を経て、話題は映画へ。
てっきり、懐かしい気持ちになる映画かと思いきや、いい意味で裏切られました。
理由は2つ。
① 年代が違う
映画の舞台は1978年〜1982年。
よくよく考えたら、僕が10歳から14歳、まだドラムなんて見たこともない、小学校・中学校時代であり、そもそも知らない世界だったから😆
② 映画のテーマは「懐古」じゃない
“こんな感じ”の言葉がありました、
パンクロックなんて、全然自由じゃない。
パンクとカテゴライズされた時点で、もうパンクじゃない
そして、大きなテーマは、ネタバレにはならないと思うんですが、劇中にも登場するこれかと。

枠にはまらず、
価値観に縛られず、
過去に縛られず、
人からどう見られるか?
自分のカテゴリーは何なのか?
こうあるべき
などに縛られず、
自分らしく踊れているか⁉️
これって、誰にでも言えることですよね。
人は無意識に枠にはまっていって、そこから出るのが怖くなる。
でも、なんだっていい。
自分らしく生きれるか、踊られるか。
唯一無二の「踊り方」で生きていく
特に人生の後半戦は、そうありたいと思っております。
自分で言うのもなんですが、今の僕の生き方は、「他にない独自の道」だと思ってます😆
だから、なんだか、この映画に、自分を肯定されたような、背中を強く押されたような気がして、すごく嬉しかったです‼️
これからも、僕にしかできない唯一無二の「踊り方」、そして「生き方」を貫いていこうと思います‼️
「これでいいんだ」と思わせてくれた素晴らしい映画に、心から感謝です!
筆者

セロトニンを活性化させるサポート活動・講演活動・ドラム演奏・ドラムレッスンなどを全国でしております。講師は紅白出場経験もあるプロドラマーであり、セロトニン研究第一人者有田秀穂博士公認のセロトニントレーナー、IHTA公認ヨガインストラクターです。皆様の健康的な心身をつくります。